2010年12月10日金曜日

近道


ナマステ ウッジョールです。
ネパールでも稲刈りが全て終わり、
田んぼには、わら以外何もありません。
ちなみに、ネパールでは、苗をビルワ、稲をダーン、
米をチャ-マル、ご飯をバートと言います。
英語は苗以外、全て「ライス」で表現します。
これは、ネパールは日本と同じように、主食が米で
稲作中心の文化なので、それぞれ、ちゃんと名前が
あるのかなと思います。

なので拠点校に行く時、 田んぼの畦道を
通っています。そうすると、とても学校が近いのです。
10分ほど、早く、行くことができます
何にもないけど、畦道を通っていくほうが、楽しいです。
あっ、そうそう、たまにサルを見かけます。(もちろん、野生)
蝶もたくさんいます。
農作業している人々にも出会います。
何もない畦道ですが、こうした出会いを楽しんでいます。

結婚式


ナマステ ウッジョールです。
先生の娘さんの結婚式に招待されたので、行ってきました。
なんと、娘さんは17歳!お婿さんは、20歳!
なんで、こんなに早く、結婚するんでしょ?!!

ネパールでは、民族やカーストの関係で
親が決めた人と結婚する人が多く、恋愛結婚は少ないのです。

おめでたいことなのですが、
私には、お嫁さんの顔が心配そうで、うれしそうに
見えませんでした。なぜか、心から「おめでとう!」と
祝うことができませんでした。

新郎新婦以外の人々は、みんな楽しそうで
おいしいご飯を食べたり、歌ったり、踊ったりしていました。

結婚ひとつを見ても、所変われば、考え方、祝い方など
全然、違うんだなと見て、改めて実感。

この若い二人が末永く、幸せに暮らしていけますように・・・。

2010年12月3日金曜日

ピクニック


ナマステ ウッジョールです。
朝、5時に集合。なんて早いの?!
外は、真っ暗。ほんとに行くのか?
時間や約束にルーズなネパール。
集合場所に行くと、生徒たちが集まっている。
やっぱり、行くんだ。ほっとした。
でも、出発はもちろん1時間遅れ。

このピクニック、日本では考えられない
驚くようなことばかり。
その1、バスの中では、歌え、踊りの大騒ぎ。
あんな、道も運転もよくない場所でよくできるわ!
その2、マーダル(ネパールの太鼓)は必ず、持参。
これひとつで、ネパールの歌なら、何でも歌う。
その3、調理器材、食材、燃料はすべて持参。
給食用の鍋かと思うようなおおきななべ2つ、
薪、すごい料の野菜、米、油、マサラなど。
一番驚いたのは、鶏、ヤギを生きたまま持参していること。
一緒に行ったグループはもう、さばかれたものを
持って行っていたが、他はほとんど、生きたままで
その場で、さばいていた。
恐るべし、ネパール!!!
その4、ピクニックに来てもやっぱり作るのは
ダルバート(ネパールの定食)
毎日、同じ味でよく飽きへんわ。(これは、日本人から見て)
その5、バスの中であんなに歌って、踊っていたのに
食事が終わると、またまた、歌え踊れの大騒ぎ。
生徒達のピクニックだからもちろんアルコールは無しなのに・・・。
その5、生徒達は自分の家から、皿とコップを持参。
他にも、驚くことが山ほどあるが、今日はこの辺で。

日本との違いは多いが、ネパール人もみんなで
ピクニックに行って、楽しく過ごすんだ!と思った。
私だけが、あまりの衝撃でネパール人のペースに
ついて行けず、疲れて果ててしまった。
もちろん、帰ったのは、8時を過ぎていた。
長ーい、一日だった。

さらに、次の日から、5年生の1泊2日の
修学旅行の引率で私の疲れが、どれほどだったか、
お察しいただけることでしょう!

荷物


ナマステ ウッジョールです。
久しぶりに日本の母から荷物が届きました。
ネパールでは、質を問わなければ、
何でも手に入ります。
しかし、海藻などの乾物系は、なかなかありません。
あっても、高いです。
なので、昆布やひじき、鰹節など
いろいろ、送ってもらいました。
これで、食生活が潤います!!
荷物が届いたとき、開けるとき、なんとも言えない
歓喜の瞬間です。
ドキドキ!何が入っているかな?
うれしいものがいっぱい入っていました。
正月に合わせて、もちも入っていました。
まだ、1ヶ月先ですが、帰って早速
もちを焼いて食べました。
うまい!!
日本では、それほど好んで、食べていたわけでは
ありませんが、ネパールの地で食べると
おいしいのは、なぜでしょうか?
お正月は、同期メンバーと今回送ってもらった
食品を使って、おいしい日本食を作ります!!

送ってもらったものを見るたびに、家族を思い出します。
ほんまに、母に感謝です。
ダンネバード

2010年11月25日木曜日

サムルノリ


ナマステ ウッジョールです。
巡回している学校に行くと、「今日はコリアンが来るよ!」と。
しばらくすると、バスで20人くらいの韓国人がやってきました。
私が、2年生の授業をしている間に、グラウンドで、あっという間に
準備ができ、お昼から、なんだか、プログラムが始まりました。

私が行くと、韓国の方から「韓国人ですか?」と言われました。
色々、聞いてみると教会の布教活動の一つだそうで、
1週間、ネパールで活動して帰るそうです。
日本語を話せる方がおられて、その方と色々、話をしました。
その方は、今、ネパールに4年住んでおられるそうで、
ネパール語も話せます。
その前に、日本で布教活動をしておられたそうです。
ネパールに住むようになってから、日本語を忘れたと言って
私(日本人)と彼(韓国人)がネパール語で会話していることが
なんだか、おかしいやらおもしろいやら。
その姿を見たネパールの先生方は、日本と韓国は近いし、
顔も似ているから言葉も通じるんだー(ネパールとインドのように)
と思ったらしいです。

中学生10人ほども、一緒に来ていました。
彼、彼女達が、サムルノリとプンムルを演奏してくれました。
(韓国の伝統打楽器の演奏名)
ちなみに、ウッジョールは日本でこれらを仲間とともに
仕事のストレス発散、いや仕事よりも熱心?に練習し演奏していました。
ネパールの地でこの演奏が聞けるなんて!
懐かしいやら恋しいやら、なんともいえない感情が
こみ上げてきました。
日本のこと、チャンゴ(韓国打楽器の名前)仲間のことが
一気に頭の中を駆け巡りました。

私がノリノリで演奏を聴いている姿を見て、またまた
ネパールの先生方は、日本と楽器も音楽も踊りも似ているから
そんなに楽しそうにしているのねと思ったらしいです。

この日は、本当に不思議で貴重な体験をしました。
この学校に、この日に、巡回に行ってなかったら
彼らとは出会ってなかったんだなと思うと
これも偶然の巡り会わせとは思えない何かの縁を感じました。

2010年11月17日水曜日

ククリ


ナマステ ウッジョールです。
一緒にネパールに来た、同期で同じ郡に赴任した
友人が引越ししたので、新居に訪問。
私の家から、バスで45分ほど。
引っ越し祝いに、ネパールのラム酒
「ククリ」を持参。酒屋のダイ(お兄さん)に
めっちゃ、おいしいよ!と薦められ買った。
実は自分が久しぶりにお酒を飲みたかったので、
引越し祝いという名目で飲もうという魂胆。

そのままでは、強すぎるので、紅茶に入れて飲んだ。
「おいしい!」
ネパールでは、自分の家で「コド」(ヒエ)のお酒を
作ることが多い。素朴な味ではあるが私には、アルコール
臭くて、あまりおいしいものではなかった。
しかし、この「ククリ」は香りがとてもよく
本当においしかった。
その日は、遅くまで、友人と飲みながら
いろんなことを語り合った。
いつも、一人でご飯を作って食べているので、
ほんまに楽しいひと時だった。

これから、寒くなるので暖房器具のないネパールでは
強いお酒を「キュッ」と飲んで寝ると、よく眠れそうだ。

ちなみに、「ククリ」とはネパールの伝統的な刀のことをそう呼ぶ。

ラジオ


ナマステ ウッジョールです。
ついに、ラジオを買いました。
知り合いのネパール人にラジオを買いに行くと
言ったら、外国人が一人で買いに行ったら
ぼったくられるよと。
すると、その人の娘さんが、一緒に付いてきてくれました。
なんて、親切!
そのおかげで、高く売りつけられることなく、
350ルピー(400円)で、買うことができました。

早速、チャンネルを回して、色々試してみると
中国語、ヒンディー、ロシア語、英語などいろんな
言語が聞こえてきました。
肝心のネパール語の番組は少い。キナ?(なぜ?)
最近のネパール人(特に若者)が、英語やヒンディーを自由自在に
使えるのは、テレビやラジオが多言語放送だからかーと
聞いて実感。

テレビのない生活だったので、これで少し娯楽が増えたかな?!
そして、ネパール語の達人になれるかな?!
さらに、他の言語もわかるようになるかな?!