2012年3月26日月曜日
日本
ナマステ!ウッジョールです。
3月20日。
朝、7時15分頃、成田空港到着。
とうとう、日本に帰ってきた。
1年9ヶ月ぶりの日本は寒かった!!
日本の便利さやサービスの良さを到着したとたん感じた。
トイレの手洗い場から湯が出る!
ふたが、水が、ドアが自動で!!
バスが広々快適!全く揺れない!車内で爆睡できる!
車内アナウンスがある!そんで、丁寧、親切!!などなどなど・・・・・・。
日本はすごいわ!
到着してから、念願の寿司を築地市場に食べに行った。
久しぶりの日本の味を目で香りで舌で堪能させてもらった。
無事帰ってきた喜びを感じた。
2年前の私には、気づかず、わからなかったことがたくさんあったが、
2年後の私には、日本を離れてわかったことやネパールに住んだことで
見えてきたこと、本当にたくさんある。
この経験で学んだことを今後の人生で必ず、活かしていくぞ!
周りに流されず、自分の信じた道をゆっくりと歩んでいくぞ!
今後も、いろんな出会いを大事にして、人生を楽しんでいくぞ!
見守ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
任期を完了し、無事に帰ってくることができました。
今後も、よろしくお願いいたします。
2012年3月19日月曜日
ボリ ファルカンツ(明日、帰ります。)
ナマステ ウッジョールです。
3月18日。
ネパール生活、残り1日となった。
明日、いよいよ日本に帰るため、昼の便でタイランドに旅立つ。
昨日は、帰国する友達とハイヤットリージェンシーホテルに泊まった。
1年9ヶ月のネパール生活の垢をホテルのバスタブやジャグジー風呂に
落としてきた。
湯船につかるのは久しぶりだったので、本当に幸せ気分になった。
毎日、湯のお風呂に入れることが、こんなに贅沢だなんて!
こんなことも、ネパールに来てわかったことだ。
朝食がおいしいと有名なこのホテル。
バイキングで並んでいる料理は、本当にどれもこれも
おいしかった。
特に、パンが本当においしかった。
ネパールではおいしいパンを食べる機会が少なかったので
おいしさが身にしみた。
ネパールに来て、さらに食対する欲求が高まった。
おいしい料理は人を元気に幸せにしてくれる。
そして、毎日、おいしく頂けることが、どんなに幸せなことかもわかった。
友達とネパールでのいろいろな思い出を語り合いながら過ごした。
この日もまた、私にとってかけがえのない一日となった。
何気無く過ごしている日々、全てがかけがえのない時間であることも
ネパールで過ごしてみて、実感できたことである。
ネパールで過ごした1年9ヶ月全てが、貴重ですばらしく、
何物にも代え難い日々であった。
私の第二の故郷、ネパール。
あなたから、本当にいろんなことを学んだ。
私に色々なことを教え、気付かせ、考えさせてくれて、本当に本当にありがとう!
明日、帰る。
でも、まだ帰る実感が湧かない。何故だろう??
いつ実感するんだろう?
日本に到着してからだろうか?
それとも、家に着いて「ただいま!」と言ってからだろうか?
とにもかくにも、元気に帰ります。
2012年3月17日土曜日
任地去る
ナマステ ウッジョールです。
3月11日。
いよいよ、私の活動場所だった、マレクを去る日が来た。
朝、マレクのメイン通りの知り合いに、別れの挨拶をしに行った。
みんな「今日行くのか?もっと居れないのか?」と。
居れるなら、いいなーと思いつつも、別れのときは必ず来てしまう。
今日がその日だ。
挨拶に回りながら、来たときのことを思い出す。
暑かった!
不安だった!
しかし、今は溶け込んでいる。
家に帰るとホッとする。
住めば都で、完全に地元住民化している。
だから、余計別れがつらい。
一番の友達のところに挨拶に行くともう、泣いている。
それを見て、私ももらい泣き。
右も左もわからない私を助けてくれた彼女。
いつも、私のことを気にかけてくれていた彼女。
いろんなことが、一気に走馬灯のように蘇って来た。
2人で、抱き合いながら、泣いた。
さらに、家族との別れもつらかった。
アマが「メロチョリ!(私の娘よ!)」と言いながら、涙を流していた。
私も「メロアマ(私の母)!」と言いながら、ここでも抱き合いながら、泣いた。
家族のように接してくれたマレクの方々、本当にありがとう。
ここは、私の第二の故郷です。
必ず、きっとまたここに帰ってきます!
今度は一人ではなく二人で?!
それまで、元気で。皆さんの幸せを日本から祈っています。
ビダイボーズ
ナマステ ウッジョールです。
3月16日。
同期隊員プロデュース、ビダイボーズ(送別会)が行われた。
私は現職教員で参加したので、同期隊員より
3ヶ月、期間が短い。
だから、同期に送られた。
とにかくチームワークのよい同期。
どんな、会より素敵でマヤ(愛)がたっぷりのビダイボーズだった。
笑いあり、聞かせあり、泣かせありで
私も笑ったり泣いたりで、大忙しだった。
一緒に来た同期に送られるのは、複雑な気持ちだったが、
駒ヶ根からともに苦労をし、分かち合ってきた仲間に
送ってもらえるのは、本当に幸せだと感じた。
みんなの愛を心のそこから感じた。
私は、この同期と一緒にネパールに来れて、本当によかったと思う。
3月16日。
同期隊員プロデュース、ビダイボーズ(送別会)が行われた。
私は現職教員で参加したので、同期隊員より
3ヶ月、期間が短い。
だから、同期に送られた。
とにかくチームワークのよい同期。
どんな、会より素敵でマヤ(愛)がたっぷりのビダイボーズだった。
笑いあり、聞かせあり、泣かせありで
私も笑ったり泣いたりで、大忙しだった。
一緒に来た同期に送られるのは、複雑な気持ちだったが、
駒ヶ根からともに苦労をし、分かち合ってきた仲間に
送ってもらえるのは、本当に幸せだと感じた。
みんなの愛を心のそこから感じた。
私は、この同期と一緒にネパールに来れて、本当によかったと思う。
I love you!!!!
マ タパイハルライ サダイ マヤガリーラヘツ!
(私は、あなた達のことをずーっと愛し続けます!)
ほんとにほんとにありがとう!
マ タパイハルライ サダイ マヤガリーラヘツ!
(私は、あなた達のことをずーっと愛し続けます!)
ほんとにほんとにありがとう!
ダンネーバード
一足先に日本に帰ります!
待っています。
みんな、残りも悔いのないように活動し、
元気に帰ってきてください。
一足先に日本に帰ります!
待っています。
みんな、残りも悔いのないように活動し、
元気に帰ってきてください。
2012年2月13日月曜日
10泊11日の学校巡回の旅Ⅴ
ナマステ ウッジョールです。
この巡回の旅でもまた、村人から子どもから自然から色々なことを教わりました。
とにかく、厳しく貧しい環境の中でも、家族や地域で助け合いながら、
一生懸命暮らしていました。
愛情が一杯でした。
優しさや思いやりで溢れていました。
深い絆で結ばれていました。
子ども達も家事労働をするのは当たり前で、
水汲み、薪切り、家畜の世話、掃除、洗濯、食事作り、子守りなどして、
きちんと家族の一員として、役割を果たしていました。
自然に逆らわず、自然とともに暮らす生活が本来、人としてあるべき姿なのだと思いました。
そして、ネパールはヒマラヤ国です。
大変な思いをして行った村には必ず、美しい自然や風景を見ることができます。
山の上の村からは必ずと言っていいほど、ヒマラヤが見えます。
がんばって行った村からヒマラヤが見えると、疲れが一気に吹っ飛びます。
見ていて飽きません。
この美しくすばらしい景色は厳しい環境の中で生活している村人へ
神様からのご褒美のような気がします。
ネパールは本当にドゥッカ(大変・苦労)の多い国です。
しかし、人の心の豊かさや大らかさも多い国だと感じました。
10泊11日の学校巡回の旅Ⅳ
ナマステ ウッジョールです。
今回の巡回はとにかく、行くことに意味があると思い、決行しました。
だから、一日しか訪問できないのです。
たった一度の訪問で何も伝えられないし、教えられないことはわかっていますが、
一日だけでも日本人のミス(女性教師)の授業を受け、楽しく勉強すれば、
子ども達の経験になるのかなと思い、自作教材を使って、私も一生懸命教えてきました。
どこの学校の子どもの本当にかわいかったです。
日本人を初めて見た子ども達ばかりです。
すごく興味があるのですが、少し離れたところからじーっと見つめています。
近寄ると逃げていきます。
しかし、授業では、はじめはかなり緊張して、何を言っても反応がないのですが、
楽しく授業を進めていくうちに、
「次は何だ?」と興味津々で目をキラキラ輝かせながら、
私の言うことを一所懸命聞いて、勉強してくれました。
終わった後は、子ども達も先生も
「ミス、次はいつ来てくれるの?」 「明日も来てね!」と言ってくれます。
とてもうれしいですが、とてもつらいです。
もうこの子達とは二度と会えないだろうなと思うと、胸が締め付けられます。
別れのときはいつも、後ろ髪を引かれる思いでした。
10泊11日の学校巡回の旅Ⅲ
ナマステ ウッジョールです。
そして、学校も大変でした。
リモートエリアの学校は粗末な建物だけがあるといった感じです。
勉強するための机やいすの数が少ない、
子どもの数は多いのに、教室が狭い、暗い、寒い、道具がない。
トイレも水道もない学校もありました。
厳しい環境の中、子ども達も先生も毎日通うのが大変です。
それでも、がんばって来ている子ども達はえらいと思います。
巡回しなければ、わからなかったことが一杯です。
「ネパール人はなぜ時間を守れないのか?」
「先生は、なぜ教材研究して、きちんと教えないのか?」などなど
マイナス面ばかりがつい目に付きます。
しかし、この厳しい生活環境の中、学校に来ているだけでも、すごいことではないですか!?
リモートエリアで先生をしている人は地元民じゃないことが多いです。
なぜか?
先生になるだけの教育レベルに達することが、まだまだ難しいからです。
だから先生は、よその町からやってくるのです。
その先生も、もちろん家から通うことができませんから、村にホームステイしながら、
子ども達を教え、週末は歩いて、何時間もかけて家に帰るという生活をしています。
そんな暮らしの様子を知ってしまったら、
「授業の準備をきちんとしてから、学校に行ってください。」と強く言えなくなりました。
10泊11日の学校巡回の旅Ⅱ
ナマステ ウッジョールです。
次に生活が大変でした。電気がまだ通っていませんでした。
水は共同の水汲み場が作られていました。
それでも、毎日水を汲みに行かなければなりません。
私はこの11日間で、1回だけ洗髪しました。全身を洗うことはできませんでした。
家の人が苦労して運んできた水を粗末に使うことはできません。
川や水汲み場に行けば、洗えるのですが、冷たくて手足、顔を洗っただけで凍りそうでした。
諦めました。
水が少ないので、米を作ることができず、トウモロコシや麦、ジャガイモを作っています。
米は町で買って、すべて担いで運んでくるのです。
村人の生活は本当に厳しいです。
にもかかわらず、お世話になったどこの家でも、
粗末ながらもご馳走を振舞ってくれ、手厚くもてなしてくれました。
自家製ロクシー(お酒)、ダヒ(ヨーグルト)、ミルク、鶏、ヤギの干し肉など
おいしいものをたくさんいただきました。
夜は火を囲んで家族みんなが集まり団欒し、いろんな話をします。
そして、寒いのでみんな寄り添って寝ます。
巡回中は9時までには寝ていました。早寝早起きです。
10泊11日の学校巡回の旅
ナマステ ウッジョールです。
とうとう、行ってきました。
私の担当地域で一番のリモートエリアに。
11日間で8校巡回してきました。大変でした。でも、楽しかったのです。
何が大変って、まず、行くのが大変でした。
11日間で、車に乗ったのは、初日の1時間だけで、後はすべて徒歩でした。
1日に1回だけ行くジープには、荷物も人も一杯で、屋根にも人が一杯乗っています。
道はもちろんガタガタのデコボコで、川も走ります。
私は幸いに運転手の隣のシートのある席に座ることができました。
(でも4人乗ってるので、キツキツです。)
車の行ける最終地点に到着した後は、歩くしかありません。
どんな場所であっても、ひたすら歩くのです。
上り下りも川も岩も田畑も林も道なき道をとにかく歩くのです。
私にはそれが道なのかどうかさっぱりわかりませんが、地元の人はどこを通ればよいのか、知っているのです。
だから、私は道案内してくれる地元の人について行くしかありません。
歩くのが速いので、必死です。
でも、やっぱりついて行けません。(私のためにゆっくり行ってくれているようなのですが)
相手はサンダルなのに何故?!
2012年1月29日日曜日
ビューティーパーラー(美容院)
ナマステ ウッジョールです。
ネパールに来て、髪を伸ばし続けている。
しかし、時々切らないと、あまりにもむさ苦しい。
乾燥しているので、髪はパサパサ、枝毛だらけ。
ということで、どうするか?
ビューティーパーラーに行って、切ってもらったり、きれいにしてもらったりする。
ネパールで大丈夫なん?と疑問を抱いた方もおられるだろう。
大丈夫なのである。
カトマンドウは質も腕もいい美容院がいくつかある。
私がよく行く店の美容師さんは日本の美容院で10年修行された
とてもきれいな方である。
技術もあって、日本語も通じる。安心である。
価格も日本から比べると相当安い。シャンプー、カット、ブローで、
500ルピー(500円)
(ネパール人にしてみると、少し高いが)
この価格できちんときってもらえるなら、何も、隊員同士で切る必要はない。
ストレートパーマもできるということで、やってもらうことにした。
しかし、ストーレートパーマをあてるということは、
ストレートアイロンをしなければならないので、
予約の時に「その日、電気、いつ来るの?」と
確認してから店に行くことになる。
ネパール電気事情が、美容院でも見られるから面白い。
カットだけのとき、最後ブローしてもらおうとしたその直後
ブッチ!と停電になったことがあった。
もちろん、乾かさず、いや、乾かせず、帰ったのは、言うまでもない。
このストレートパーマ、なかなかの出来で、真直ぐになったのはもちろんのこと、
髪はサラサラになったし、手入れは楽だし、長持ちするし、黒髪ロングストレート好きのネパール人には喜ばれるし
で、私も気に入ったのである。
毎日、髪の毛を洗えないネパールでは、ベターな髪型かもしれない。
2012年1月27日金曜日
縁尋機妙 多逢聖因
ナマステ ウッジョールです。
隊員同士で、キャラバンを組み、それぞれの職種や得意分野を活かしながら、
ネパールの各地を巡回する活動がある。
普段任地で一人地道に活動するのと違って、多くの仲間と協力しながらできる
キャラバンは、普段の活動に大きな大きな影響と効果を上げてくれる。
今回、私の任地近くで、キャラバン隊が活動するということで
お手伝いに行った。
楽しかった!
理由① 違う職種の人たちとの活動
理由② 仲間と同じ目的に向かって活動
理由③ 話が通じる
(当たり前だが、隊員同士だと1つ言えば、多くのことを理解してくれる。)
理由④ お互いに高め合える など
今回のキャラバン隊にお一人、シニアボランティアの方がいらっしゃった。
活動終えて、みんなで夕食会。
それまで、おいしいネパールカナを食べながら、
くだらない話(これも大切)をしていた。
今日の締めとして、最後におっしゃられた言葉が、
本当に本当に有難く、心に深く残った。
「縁尋機妙 多逢聖因」
何て読むかわかります?(私はもちろん、わかりませんでした。)
「えんじんきみょう たほうしょういん」
意味 良い縁がさらに良い縁を尋ねて発展していく様は誠に妙なるもの(縁尋機妙)
また、いい人に交わっていると良い結果に恵まれる(多逢聖因)
だから、人間はできるだけいい機会、いい場所、いい人、いい書物に
会うことを考えなければいけない。
聞いて、感動してしまった。
その通りだなと、納得してしまった。
隊員として、ネパールに来て、本当にすばらしい出会いの機会を
与えてもらったことを、本当に心から感謝している。
また、この言葉にも、この言葉を教えてくださった方にも出会えた。
まさに、「縁尋機妙 多逢聖因」
これらの縁を無駄にしないよう、
私もまた「出会えてよかった。」と思われるような人になりたい。
PCニコバヨ!(PC、直った!)
ナマステ ウッジョールです。
病気になって、壊れかけていたPC。
今日、元気になって、私の元に返ってきた。
埃や停電、不安定な電圧など過酷な状況の中で
わたしのPCも、奮闘していたのだろう。
ハードディスクが壊れていたようで、取り替えてもらった。
容量は小さくなってしまったが、残り2ヶ月のネパール生活。
十分、役に立ってくれるだろう。
きちんとセットアップしてくださったネパール人のKさんに感謝したい。
それも、日本では考えられないくらい格安で!
これでまた、パソコンがある生活に戻ったわけだ。
パソコンに依存しすぎないよう、気をつけるべし!
病気になって、壊れかけていたPC。
今日、元気になって、私の元に返ってきた。
埃や停電、不安定な電圧など過酷な状況の中で
わたしのPCも、奮闘していたのだろう。
ハードディスクが壊れていたようで、取り替えてもらった。
容量は小さくなってしまったが、残り2ヶ月のネパール生活。
十分、役に立ってくれるだろう。
きちんとセットアップしてくださったネパール人のKさんに感謝したい。
それも、日本では考えられないくらい格安で!
これでまた、パソコンがある生活に戻ったわけだ。
パソコンに依存しすぎないよう、気をつけるべし!
2012年1月23日月曜日
タリム ディヨ(トレーニングをした。)
ナマステ ウッジョールです。
3日間のタリムをした。
現在、近くに小学校教諭の隊員が3人、配属されている。
そのラムロ(よい)な機会を活かして
3人で、それぞれの配属管轄校の先生たちを集めて
小学校レベルの算数の授業法を教えるためにトレーニングをした。
3箇所回って、教えたわけだが、
どこも共通した「やっぱ、ネパールやねー。」という問題が起こるからすごい!
どんな問題か?
「あんたたち、それでも先生か?」と思う場面がたくさんある。
まず、絶対に時間通りに始まらない。
10時からと言っていても、みんな来ないので、
最低でも1時間は遅れて、始めなければならない。
連絡の徹底ができていないのも、大きな原因の一つである。
その日の朝に、会の連絡をもらったなんて先生もいた。
次に、話をちゃんと聞かない。
前で、人が話しているのに、まったく聞かずに、自分勝手に話している。
指導方法や、作り方など、わかりやすく見本などを見せて説明したのに、
「どうするの?」や「これ、何に使うの?」など
まるで、しつけのされていない子供のように、訊いてくる。
「何のために、このタリムしてるのか意味わかってます?」
自分の意見や言い分だけ言って、人の話は聞かない。
そして、整理整頓ができない。
教材作りを始めると、自分の周りの荷物を片付けることなく
作業を始める。
もちろんごみは散らかし放題で拾わない。
作ったものを整理しながら、道具を片付けながら作業をすることが難しい。
だから、自分の作ったものか、人が作ったものかわからなくなることもあるし、
物がどこに行ったかわからなくなることもある。
さらに、算数ができない。致命的!
小学校の算数を教えている先生を対象にしたトレーニングにもかかわらず、
分数の意味をよく理解していない先生もいる。
「1/2 と2/3ではどちらが大きいでしょう?」と尋ねたら
「1/2」と答える先生もいる。
私たちは自分たちで作った教材を使いながら、模擬授業をしているが、
先生たちも、見てすぐに「2/3のほうが大きいんだ!」とわかってくれる。
子どもと同じ反応である。
指導法改善以前に、先生たちの教科内容理解を先にしなければならない。
これが、3箇所とも共通問題だから、ネパールすごすぎる!
最近の私の模擬授業は、
先生相手であっても子どもに教えるのと同じようにしている。
そうすることで、先生たちが子ども目線に立って、学ぶことができるし、
先生たちの教科内容理解も進む。
それにしてもやはり、先生たちの経験が少なすぎる。
今回のタリムでも色々なことがわかった。
はさみや分度器などの使い方もままならない先生もいる。
それをどう解決すべきか?
3人で考えたが、やっぱり先生に変わってもらうしかない。
こうしたタリムを続けて、先生たちに経験を積んでもらうしかないだろう。
時間かかるなーー。2年は短すぎだな!
3人合同のタリムはお互いに得られるものが多いし、
役割分担しながら、短時間であっても、充実した内容で進めることができた。
いろいろな問題山積の教育現場であるが、
こうして、3人で共通理解しながら、タリムをしたことは
本当に楽しかったし、有意義であった。(私たちにとって)
これが、ネパールの先生に有効であったかどうかは、わからないが・・・。
バッティー カタガヨ!(電気、どこ行った!)
ナマステ ウッジョールです。
最近、停電が多くなった。
カトマンドウでは今、1日12時間の計画停電。
うちは地方なので、首都より計画停電は少なく、1日6時間程度。
しかし、最近計画外停電が多すぎる。
それも、夜に!
一番、必要なときに!
夜の計画は2パターン。
夕方5時半から7時半の2時間。
6時半から8時半の2時間。
なのに、その時間が終わっても一向に電気が点く気配なし。
待てど暮らせど、電気は点かない。
寒いし、暗いし、寝るしかないので、布団に直行。
ようやく、暖まって、眠くなってきたと思ったら、電気が点き、
「眠いけど、明日の仕事、しておくかー。」と気合を入れて起きて、
「さあ、やろう!」と思ったら、また停電。
もう完全に何もしたくなくなる。
だから、やっぱり布団に直行。
そして、そのまま眠りに就く。
その後、電気が点いたかどうか定かではないが、
次の点灯で目を覚ましたら、朝の6時だった。
ということが、最近よくある。
ネパールの電気はいったいどこに行ったんだー?
おかげで9時就寝の6時起床と、なんて健康的な生活を送れることでしょう。
お肌の調子もよろしおすえー。
その代わり、何にも仕事ができないが・・・。
それでも、許されるのがネパール。
こうしている今も、停電の時間が終わっているにもかかわらず、電気は来ず。
やっぱり今日も、チト ストゥヌベス(早く、寝るほうがいい)
スバ ラットリー!(お休みなさい!)
PCビグレコ チャ?!(パソコン、壊れた?!)
ナマステ ウッジョールです。
パソコンの調子が悪い。
後もう少しなのに、ここで完全に壊れることになると困る。
あまりにも調子が悪いので、ネパールのパソコン修理会社で直してもらうことにした。
どうなるかわからないが、完全に壊れるよりはましかと。
日本語も話せ、日本人のパソコンもよく直し、
私たちの所属しているオフィスでも信用されているようなので、お願いした。
写真や大事なデータのバックアップは取ってあるので、
今までのネパール生活のデータがなくなることはないので、安心だ。
しかし、パソコンがないと仕事ができなくなっていること。
たかがパソコンに、振り回されている自分がいること。
いくら自分がネパールの生活に慣れてきたからといっても、
やはり文明の利器がなければ、生活できなくなってしまっているんだなと
改めて実感。
携帯やパソコンなど様々な通信機器に依存し、振り回されている人間社会はどうよ?!
自分もその一人なんだけどね。
そして、やっぱり無事、直ることを祈るわ!
パソコンの調子が悪い。
後もう少しなのに、ここで完全に壊れることになると困る。
あまりにも調子が悪いので、ネパールのパソコン修理会社で直してもらうことにした。
どうなるかわからないが、完全に壊れるよりはましかと。
日本語も話せ、日本人のパソコンもよく直し、
私たちの所属しているオフィスでも信用されているようなので、お願いした。
写真や大事なデータのバックアップは取ってあるので、
今までのネパール生活のデータがなくなることはないので、安心だ。
しかし、パソコンがないと仕事ができなくなっていること。
たかがパソコンに、振り回されている自分がいること。
いくら自分がネパールの生活に慣れてきたからといっても、
やはり文明の利器がなければ、生活できなくなってしまっているんだなと
改めて実感。
携帯やパソコンなど様々な通信機器に依存し、振り回されている人間社会はどうよ?!
自分もその一人なんだけどね。
そして、やっぱり無事、直ることを祈るわ!
2012年1月14日土曜日
クシラギョ!(嬉しい!)
ナマステ ウッジョールです。
友達が日本に帰ってから、また任地に戻り、巡回を始めた。
もう、これで最後の訪問になること間違いなしだ。
今は、寒い時期なので、何もしていなければダウンを着ていても
肌寒いと感じる。部屋はもっと寒い。
巡回するともちろん歩く。
ダウンなど着ていると、暑くてしょうがない。
汗が出る。運動してるって感じやわ。
1度訪問した学校の子供達はみんな私のとこを覚えてくれている。
遠くから私の歩いている姿が見えるらしく、
到着したら、みんな「チエミス!ナマステ!」と言って、満面の笑顔で出迎えてくれる。
一所懸命歩いてきた甲斐があったと感じる瞬間である。
授業を見に行く。
この間、教材作りのトレーニングで作った教材を使って
先生が授業をしていた。
今回の巡回の一番の目的はこれだ。
先生達が、教材を使っているかどうか、
うまく使えているかどうかを見に来たのである。
「使ってくれてるんだー!!」感激である。
うまくはまだ使えていなかったが、何度か使って授業をしている様子が感じ取れた。
嬉しい。
1回目の訪問時より、子供達の集中力や聞く態度がよくなっていることも感じた。
1校1校、長期滞在して、もっといろいろ教えることができれば
本当にいいのだが・・・・。
それでも、この地域の先生方の指導法がゆっくりではあるが、
前進・改善されつつあることも感じることができた。
活動終了間近。
今までやってきたことが、有効であったかどうかはわからないが
無駄ではなかったと思えるようになった。
残りで何校回れるかわからないが、できるだけたくさん訪問しようと思っている。
体力の続く限り。
子供達の「次、いつ来るのー?」が胸に突き刺さるよーーーー。
心の中で「ごめんなー。」と叫んでいる。
みんなに会えて、ほんまに嬉しいよ。
素敵なギフト
ナマステ ウッジョールです。
以前、視察団訪問のことを書いた。
そのとき、来られていたプロカメラマンの方から
写真のデータを頂いた。
早速、部屋に帰って見た。
「素敵すぎる!」
そして、思わず、泣いてしまった。
私の活動をプロカメラマンが撮った写真は、
その学校でのいろいろな出来事を一瞬にして、思い出させてくれた。
なんて素敵な写真ばかり!
「私、がんばったんだ!」
先生方も子どもたちもキラキラ輝いている。
もちろん私も!自分で言うのもなんだが、私ってこんなに素敵だったっけ?と
思わせてくれるからプロってすごい!さすがである。
こんなに素敵な写真を撮っていただいたプロカメラマンさんに
本当に本当に感謝したい。
任地で一人活動していると、自分の活動がこれでいいのかよくないのか
自問自答し、よくわからなくなることがある。
しかし、これらの写真は「あなたは自分の活動にもっと自信をもっていいよ!」と
語りかけてくれていた。
そうだ。
私の今までの活動は決して無駄でなく、現地の人々に役立っていると
自信を与えてくれた。
ありがとう!
帰ったら、これらの写真を皆さんに是非見てもらいたい。
皆さん、その時はハンカチの用意をお忘れなく!
2012年1月6日金曜日
サティハル アヨ!in Kathmandu①(友達が来た!)
ナマステ ウッジョールです。
1月1日 元旦
あけましておめでとうございます。
昨年と同じ場所に行った。
日本妙法寺。朝5時半にタクシーに乗って、初日の出を拝みに行く。
しかし、どうも雲が多い。
今年は残念ながら、ヒマラヤも朝日も見ることができなかった。
しかし、妙法寺の日本の住職さんとともに元日に
仏様の前でお経を唱え、新年をすがすがしい気持ちで迎えることができた。
昨年はネパール年で、すべてをネパールで過ごした。
今年はいったいどんな年になるのだろうか?
昼から飛行機でカトマンドウに。
あまり天候のよくない中、カトマンドウに到着。
タメルを散策し、その後、ネパールダンスや音楽を鑑賞しながら
ネパール料理を食べられるレストランに行った。
チャンゴという韓国伝統楽器を演奏している仲間たちなので
ネパールのダンスや音楽にもとても興味を持ち、
一緒に踊ったり、写真撮ったりととても楽しんだ。
音楽は世界共通。
言葉がわからなくても楽しめるすごいコミニケーションツールだと思う。
1月2日 曇り雨、晴れ
マウンテンフライトを予定していたが、天候がよくなくこの日はキャンセル。
タメルやアサンを散策。
その後、パタンに行く。
パタンは昔の王宮のあった場所。
その町の中にあるネワール建築をうまく改装したホテルに泊まる。
とても、感じのいいホテルで、日本の畳のように地べたに座ることができ
なんか、ホッと落ち着けるホテルだった。
夕食にはネワールの居酒屋に行き、チョエラやスクティ、チャタモリなどを
地酒とともにいただいた。
けっしてきれいとはいえない店内だが、地元民が頻繁に通う店だけあって
おいしかった。
そして、安い!一人200~300円でお酒もビールも飲んで、
おなかいっぱいに食べられる。
ここでもまた、みんな大満足。
今日で一人、帰国。
みんなで「キャンセルコール」を何度もしたが、日本に帰っていった。
1月3日 曇り
マウントフライト再挑戦。
無事飛行で、ヒマラヤ山脈大満喫!
サガルマータもきれいに見え、またまたこの世とは思えぬ世界を体験。
神の住む世界を間近に感じたことだろう。
目をきらきらさせながらホテルに戻ってきた。
高所恐怖症の2人も感激して、涙を見せていた。
よかった。ほんまによかった。そこまで感激してもらえたら、
この旅行を計画した私のほうが感激である。
2012年1月5日木曜日
サティハル アヨ!in Pokhara(友達が来た!)
ナマステ ウッジョールです。
少し遅くなりましたが、皆様、あけましておめでとうございます。
今年も皆様にとって、素敵な年でありますように、心からお祈り申し上げます。
そして、今年もよろしくお願いいたします。
12月29日夜、日本から友達が4人来た。
夜遅くに到着し、その日はそのまま、ホテルに直行。
そのわずかな時間で、友達はネパールに驚いたそうだ。
まず、真っ暗。
次に、車も道もがたがた。こんな感じで、驚きの連続だったそうだ。
私は一足先にポカラに行っていた。
彼女達がついた早々くれた電話は「びっくり!!」の話だった。
12月30日 快晴。ほぼ予定通りポカラに到着した。
久しぶりの再会。みんなで抱き合って喜んだ。
「まさか、ネパールで再会できるとは!」喜び倍増。
本当にいい天気だったので、ポカラを一通り、観光。
そして、夕日を見に、サランコットへ。
ここは、マチャプチュレをはじめ、ヒマラヤ山脈が間近に見られる丘だ。
まさに絶景。天気もよかったので、ほんとうにきれいに見えた。
みんな大感激。地球は広いし、人間はなんてちっぽけ!
ネパール最高!
12月31日 今日も快晴。
私を含め、3人でモーターグライダーに挑戦した。
後の2人は高所恐怖症、飛行機恐怖症のため、乗らなかった。
パイロットと2人だけしか乗れないモーターグライダー。
どきどき、ワクワク。飛んだ瞬間、思わず「ヤッホー!飛んだー!」と叫んだ。
ロケーション最高、天気最高、飛行最高。
すべてが最高!!
小さいグライダーが大きなヒマールにどんどん近づいて行く。
すぐ横にマチャプチュレ!吸い込まれそう!
ヒマールだけでなく、山、川、村、雲海、空とすべてが絶景でネパールだった。
前からやりたかったモーターグライダー。ほんまに体験できてよかった。
天気にも恵まれ、こんな体験は二度とできないすばらしい機会を
与えてくださった神様、ありがとう!
後の2人は、感動しすぎて泣いていた。
ネパールの大自然を肌で感じて、彼女達もまた神様の存在を実感したことだろう!
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