2010年12月10日金曜日
近道
ナマステ ウッジョールです。
ネパールでも稲刈りが全て終わり、
田んぼには、わら以外何もありません。
ちなみに、ネパールでは、苗をビルワ、稲をダーン、
米をチャ-マル、ご飯をバートと言います。
英語は苗以外、全て「ライス」で表現します。
これは、ネパールは日本と同じように、主食が米で
稲作中心の文化なので、それぞれ、ちゃんと名前が
あるのかなと思います。
なので拠点校に行く時、 田んぼの畦道を
通っています。そうすると、とても学校が近いのです。
10分ほど、早く、行くことができます
何にもないけど、畦道を通っていくほうが、楽しいです。
あっ、そうそう、たまにサルを見かけます。(もちろん、野生)
蝶もたくさんいます。
農作業している人々にも出会います。
何もない畦道ですが、こうした出会いを楽しんでいます。
結婚式
ナマステ ウッジョールです。
先生の娘さんの結婚式に招待されたので、行ってきました。
なんと、娘さんは17歳!お婿さんは、20歳!
なんで、こんなに早く、結婚するんでしょ?!!
ネパールでは、民族やカーストの関係で
親が決めた人と結婚する人が多く、恋愛結婚は少ないのです。
おめでたいことなのですが、
私には、お嫁さんの顔が心配そうで、うれしそうに
見えませんでした。なぜか、心から「おめでとう!」と
祝うことができませんでした。
新郎新婦以外の人々は、みんな楽しそうで
おいしいご飯を食べたり、歌ったり、踊ったりしていました。
結婚ひとつを見ても、所変われば、考え方、祝い方など
全然、違うんだなと見て、改めて実感。
この若い二人が末永く、幸せに暮らしていけますように・・・。
2010年12月3日金曜日
ピクニック
ナマステ ウッジョールです。
朝、5時に集合。なんて早いの?!
外は、真っ暗。ほんとに行くのか?
時間や約束にルーズなネパール。
集合場所に行くと、生徒たちが集まっている。
やっぱり、行くんだ。ほっとした。
でも、出発はもちろん1時間遅れ。
このピクニック、日本では考えられない
驚くようなことばかり。
その1、バスの中では、歌え、踊りの大騒ぎ。
あんな、道も運転もよくない場所でよくできるわ!
その2、マーダル(ネパールの太鼓)は必ず、持参。
これひとつで、ネパールの歌なら、何でも歌う。
その3、調理器材、食材、燃料はすべて持参。
給食用の鍋かと思うようなおおきななべ2つ、
薪、すごい料の野菜、米、油、マサラなど。
一番驚いたのは、鶏、ヤギを生きたまま持参していること。
一緒に行ったグループはもう、さばかれたものを
持って行っていたが、他はほとんど、生きたままで
その場で、さばいていた。
恐るべし、ネパール!!!
その4、ピクニックに来てもやっぱり作るのは
ダルバート(ネパールの定食)
毎日、同じ味でよく飽きへんわ。(これは、日本人から見て)
その5、バスの中であんなに歌って、踊っていたのに
食事が終わると、またまた、歌え踊れの大騒ぎ。
生徒達のピクニックだからもちろんアルコールは無しなのに・・・。
その5、生徒達は自分の家から、皿とコップを持参。
他にも、驚くことが山ほどあるが、今日はこの辺で。
日本との違いは多いが、ネパール人もみんなで
ピクニックに行って、楽しく過ごすんだ!と思った。
私だけが、あまりの衝撃でネパール人のペースに
ついて行けず、疲れて果ててしまった。
もちろん、帰ったのは、8時を過ぎていた。
長ーい、一日だった。
さらに、次の日から、5年生の1泊2日の
修学旅行の引率で私の疲れが、どれほどだったか、
お察しいただけることでしょう!
荷物
ナマステ ウッジョールです。
久しぶりに日本の母から荷物が届きました。
ネパールでは、質を問わなければ、
何でも手に入ります。
しかし、海藻などの乾物系は、なかなかありません。
あっても、高いです。
なので、昆布やひじき、鰹節など
いろいろ、送ってもらいました。
これで、食生活が潤います!!
荷物が届いたとき、開けるとき、なんとも言えない
歓喜の瞬間です。
ドキドキ!何が入っているかな?
うれしいものがいっぱい入っていました。
正月に合わせて、もちも入っていました。
まだ、1ヶ月先ですが、帰って早速
もちを焼いて食べました。
うまい!!
日本では、それほど好んで、食べていたわけでは
ありませんが、ネパールの地で食べると
おいしいのは、なぜでしょうか?
お正月は、同期メンバーと今回送ってもらった
食品を使って、おいしい日本食を作ります!!
送ってもらったものを見るたびに、家族を思い出します。
ほんまに、母に感謝です。
ダンネバード
2010年11月25日木曜日
サムルノリ
ナマステ ウッジョールです。
巡回している学校に行くと、「今日はコリアンが来るよ!」と。
しばらくすると、バスで20人くらいの韓国人がやってきました。
私が、2年生の授業をしている間に、グラウンドで、あっという間に
準備ができ、お昼から、なんだか、プログラムが始まりました。
私が行くと、韓国の方から「韓国人ですか?」と言われました。
色々、聞いてみると教会の布教活動の一つだそうで、
1週間、ネパールで活動して帰るそうです。
日本語を話せる方がおられて、その方と色々、話をしました。
その方は、今、ネパールに4年住んでおられるそうで、
ネパール語も話せます。
その前に、日本で布教活動をしておられたそうです。
ネパールに住むようになってから、日本語を忘れたと言って
私(日本人)と彼(韓国人)がネパール語で会話していることが
なんだか、おかしいやらおもしろいやら。
その姿を見たネパールの先生方は、日本と韓国は近いし、
顔も似ているから言葉も通じるんだー(ネパールとインドのように)
と思ったらしいです。
中学生10人ほども、一緒に来ていました。
彼、彼女達が、サムルノリとプンムルを演奏してくれました。
(韓国の伝統打楽器の演奏名)
ちなみに、ウッジョールは日本でこれらを仲間とともに
仕事のストレス発散、いや仕事よりも熱心?に練習し演奏していました。
ネパールの地でこの演奏が聞けるなんて!
懐かしいやら恋しいやら、なんともいえない感情が
こみ上げてきました。
日本のこと、チャンゴ(韓国打楽器の名前)仲間のことが
一気に頭の中を駆け巡りました。
私がノリノリで演奏を聴いている姿を見て、またまた
ネパールの先生方は、日本と楽器も音楽も踊りも似ているから
そんなに楽しそうにしているのねと思ったらしいです。
この日は、本当に不思議で貴重な体験をしました。
この学校に、この日に、巡回に行ってなかったら
彼らとは出会ってなかったんだなと思うと
これも偶然の巡り会わせとは思えない何かの縁を感じました。
2010年11月17日水曜日
ククリ
ナマステ ウッジョールです。
一緒にネパールに来た、同期で同じ郡に赴任した
友人が引越ししたので、新居に訪問。
私の家から、バスで45分ほど。
引っ越し祝いに、ネパールのラム酒
「ククリ」を持参。酒屋のダイ(お兄さん)に
めっちゃ、おいしいよ!と薦められ買った。
実は自分が久しぶりにお酒を飲みたかったので、
引越し祝いという名目で飲もうという魂胆。
そのままでは、強すぎるので、紅茶に入れて飲んだ。
「おいしい!」
ネパールでは、自分の家で「コド」(ヒエ)のお酒を
作ることが多い。素朴な味ではあるが私には、アルコール
臭くて、あまりおいしいものではなかった。
しかし、この「ククリ」は香りがとてもよく
本当においしかった。
その日は、遅くまで、友人と飲みながら
いろんなことを語り合った。
いつも、一人でご飯を作って食べているので、
ほんまに楽しいひと時だった。
これから、寒くなるので暖房器具のないネパールでは
強いお酒を「キュッ」と飲んで寝ると、よく眠れそうだ。
ちなみに、「ククリ」とはネパールの伝統的な刀のことをそう呼ぶ。
ラジオ
ナマステ ウッジョールです。
ついに、ラジオを買いました。
知り合いのネパール人にラジオを買いに行くと
言ったら、外国人が一人で買いに行ったら
ぼったくられるよと。
すると、その人の娘さんが、一緒に付いてきてくれました。
なんて、親切!
そのおかげで、高く売りつけられることなく、
350ルピー(400円)で、買うことができました。
早速、チャンネルを回して、色々試してみると
中国語、ヒンディー、ロシア語、英語などいろんな
言語が聞こえてきました。
肝心のネパール語の番組は少い。キナ?(なぜ?)
最近のネパール人(特に若者)が、英語やヒンディーを自由自在に
使えるのは、テレビやラジオが多言語放送だからかーと
聞いて実感。
テレビのない生活だったので、これで少し娯楽が増えたかな?!
そして、ネパール語の達人になれるかな?!
さらに、他の言語もわかるようになるかな?!
2010年10月30日土曜日
ドナドナ
スワガッタン
ナマステ ウッジョールです。
ドイツから学校にお客様が来られました。
個人の支援から始まった、この学校の校舎建設も
最終段階を迎え、+2(高校2年、3年)の
サイエンスコースが開設され、生物と科学の実験室が
できました。
首都カトマンドウの私立学校よりも立派じゃないかと
思われるこの学校は、この村にとって、本当に
自慢の学校です。進学率も他の村と比較にならないくらい
よく、スカーラーシップの制度も取り入れ、
貧しくても、気持ちさえあれば、学べるシステムを
このドイツの方々の協力のおかげで作ることができたのです。
だから、その歓迎振りは、ネパールの首相が来るよりも
すごいんじゃないかというくらい、
村を挙げての一大イベントでした。
ドイツの方々との出会いは私にとっても
いい出会いで、いろんな意味で刺激になりました。
一個人からここまでできるなんて本当にすごい!!
村の学校
ナマステ ウッジョールです。
私が配属されている学校を拠点に
村々の学校を巡回しています。
これで4校目。
はじめ、配属校に来たときは、
この村にしては立派だけど、日本と比べると
随分、質素でこれが、学校かー。という印象でした。
しかし、色々回ってみると、配属校は、立派で
すごく恵まれていることがわかりました。
今回、行った学校は建物がトタンでできていて
窓が少なく、電気もないので、教室に入ったとたん
とにかく、暗いという印象。
夏場は、ものすごく暑く、冬は寒いという
学ぶには最悪の環境のなか、子どもたちは
元気に、登校してきていました。
山の中にあるので、雨が降ると道がぬかるみ
歩いてくることは、困難。
場所によっては、土砂が崩れてくるんじゃないかと
思うところもあります。
先生の話では欠席も多いとのこと。
実際に行ってみて、そりゃそうだ。仕方ないと納得。
学力がつきにくいと先生方は嘆いておられましたが、
私が授業をしたときの子ども達の
キラキラした目は純粋で心から
私との勉強を楽しんでくれているようでした。
私が日本の手遊びや歌を教えると
すごい集中力で覚え、何度も何度も歌ってくれます。
そして、お返しとネパールの歌を歌ってくれました。
それは、何の歌か、意味もわからなかったのですが
5年生のクラス15人が、私に向けて
一所懸命、心を込めて歌っていることがわかり
途中から、なんともいえない感激を覚え、
涙が出そうになりました。
途中から教室に入ってきた先生も
こんなにすばらしい子ども達の歌声を聴いたことがないと。
今回2日だけ行ったこの学校のこどもたちから
とてつもなく、大きな感動をもらいました。
絶対、この学校にまた来て、この子ども達のために
私にできる精一杯のことをしたい、しなければならないと
思いました。
2010年10月24日日曜日
トレッキング2
ナマステ ウッジョールです。
トレッキングをして、ネパールのすごさを
実感しました。
高い山が多いネパールでは、
荷物は人か馬(ロバ)で運びます。
今回のトレッキングでも、
ガイドとポーターを雇いました。
ガイドはもちろん道案内で添乗員のような
役割をしてくれます。ポーターは私たちトレッカーの荷物を宿から宿へ
運んでくれます。
2,3人の荷物を一人で担いで運んでいる姿は到底、私たちにはできないたくましい姿でした。
ネパールの村では、子どもの時から山道を
荷物担いで、行き来するのが当たり前。
薪や水を運ぶのも子ども達の仕事。
今回のトレッキングで、そんな姿や山道の険しさを
目の当たりにした私は、ここで生活しているネパール人の
すごさに感心するばかりでした。
その2
村の人たちはあったかい。
トレッキング中に多くの村人と出会いました。
「ナマステ!」と挨拶すると誰もが
人懐っこい笑顔で「ナマステ!」と返してくれ
少しでもネパール語が話せるとわかると
本当に喜んでくれ、話をしてくれたり、
歌を歌ってくれたりします。
厳しい環境の中で暮らしているのに
みんな、明るい!
そのことにも、感心するばかりでした。
ネパール人から元気と勇気をもらいました。
2010年10月20日水曜日
トレッキング
ナマステ ウッジョールです。
4泊5日でアンナプルナのゴレパニ&タトパニコースを
トレッキングしてきました。
1日目、ポカラでは、雲ひとつない晴天で
アンナプルナ連峰が、抜けるような青空の中で
そびえ立って迎えてくれているようでした。
「よーし、今からトレッキング、がんばるぞー!!」と
心から、晴れやかな気分にさせてくれる素晴らしい景色。
出発前から、自然の雄大さに圧倒され、山々から片時も
目を離すことができませんでした。
「惚れた!!」
プーンヒルという、3200mまでの展望台の道のりは
遠く、途中、何度も休憩しながら、
登り坂を一歩、一歩前に進んで行く作業はまさに
今の私のネパール生活を物語っているようでした。
きつい中にも、楽しさがあり、人々の優しさに触れ
みんなで、たどり着いたときは、なんとも言えない
達成感がありました。
プーンヒルには、朝4時半から起きて、1時間かけて
登り、朝日が出るのを待ちました。
雲が少し、多かったのですが、朝の光が
ヒマラヤ山脈を照らす景色はもう、この世のものとは
思えないくらい、美しい!!!!
6,7,8000m級の山々がすぐそばにあり、手を伸ばせば
届くのではないかと思うほど近くで見ることができ
外は寒かったですが、胸の中から、熱いものが込み上がって
きて、しばらく言葉も出ず、見入ってしまいました。
ここは、まさに「神の世界」。
がんばって、登ってきたものだけが
その素晴らしい世界を見ることができる。
しかも、その時、美しく見えるかどうかも
神のみぞ知る。
今回、雲がありながらも、山々を見ることができたのも
神様に「見ていいよ!」とお許しをもらえたからかも知れません。
すべてのもの、人に感謝です。「ありがとう!」
2010年10月13日水曜日
2010年10月1日金曜日
タイとベルト
ナマステ ウッジョールです。
中・高生に新しいネクタイとベルトが
渡されました。それも学校の名前入り!
ネパールの公立の制服といえば、
ブルーのシャツに紺のズボンかスカート。
みんな、清潔を心がけて着ていますが
1着しか持っていない子、兄、姉、知り合いの
お下がりを着ている子がたくさんいます。日本では完全に捨ててしまうような服ですね。
そんな制服だけだったのですが、私の行っている
学校は、独自のネクタイとベルトを作ったようです。
ちょうど、それらを配るとき、
私は10年生(高校1年)のクラスにいました。
みんな、とてもうれしそうな顔をしていました。
しかし、問題発生!!
生徒達は、今までネクタイなんてしたことがない。
どうしめたらよいのか・・・??
もちろん、家に帰ってもネクタイをして
仕事に行っている家族はほとんどいないでしょう。
先生ですら、ネクタイをしている人は見たことがありません。
先生が前で教えていましたが、見ただけでは
生徒達は、よくわかりません。(そりゃそうだ)
結局、私が一人ずつ、ネクタイをしめることに
なりましたが、し終わった後、はにかみながらも
とってもうれしそうな顔をしていたのが
高校生でもかわいいなと思いました。
明日から自分でできるかな?ちょっと、心配。
生まれた!
ナマステ ウッジョールです。
ホームステイしている家の水牛(バイシ)が
子どもを生みました。
私が来た時には、もうすでに大きなおなかをしていて、
いつ生まれるのか楽しみにしていました。
ついに、生まれました。
残念ながら、夜中で生まれる瞬間を見ることが
できませんでしたが、朝、アマ(お母さん)が
「生まれたよ!」と教えてくれました。
すぐにカメラを持って、小屋に行くと
かわいい、生まれたばかりの子バイシがいました。
もうすでに、立っていて、生まれたばかりとは
思えない姿でした。
しかし、写真を撮ろうと、少し近づくと
母バイシが縄が切れるくらい、怒って
私に「来るな」と訴えていました。
私はこの家に来た新参者。
知らない不審者同然です。
さすが、母。動物の世界も子どもを守るために
身体を張って怒ります。やはり母は強し。
毎日、母バイシの様子を窺いながら
かわいい子バイシを見ている私です。
2010年9月15日水曜日
見えた!
ナマステ ウッジョールです。
友達とナガルコットに行ってきました。
そこは、ヒマラヤ山脈がパノラマ状態で見られる
2000m地帯の村で、乾期の天気のよい季節には
観光客がたくさん訪れる有名な観光地です。
今は、まだ雨期後半。
行きは、やはり曇りで、全く見ることができませんでした。
夜には、雨も降り、今回は「やっぱり駄目かな?」と
思いながら、就寝。
朝が一番のチャンス。
5時半に起き、ゲストハウスの屋上へ。
ヒマラヤ山脈はまだ、雲の向こう。
眼下に広がる雲海。
そこは、本当に天空の町。
不思議な空間にいる私は、なんだか
天上人になった気分。
時間が経つにつれ、雲がだんだん
晴れてきた。朝日も昇ってきた。
まるで、少しずつ、雲のカーテンが開くように。
見えた!ヒマラヤ山脈!
7,800m級の山々が雲の隙間から
次々に登場。
言葉が出ないほど、感動した。
なんて、すばらしいんだろう!!
自分が悩んでいることなんて、
もうどうでもよくなってきた。
1時間ほどで、また、雲のカーテンが現れ
ヒマラヤは消えていった。
今も、私の脳裏には、その残像が。
大自然の前で、人間はやっぱりちっぽけだった。
2010年9月13日月曜日
日本食
1ヶ月ぶりのカトマンドウ。
田舎の生活は、いいところもたくさんあるけど
やはり、たまには町に行って
おいしいものを食べたり、買い物したりしたい。
久しぶりに、日本食のレストランに行き
「豚のしょうが焼き定食」を食べました。
うまい!ほんまにうまい!
一口、一口、味わい、幸せを感じながら
食べました。
ネパールでは豚肉はカーストの低い人が
食べる肉だそうで、村で豚肉を手に入れることは
なかなか、難しいです。
豚肉だけでなく、肉を久しぶりに食べて、
かなり、興奮してしまいました。
ネパール料理もいいけど
やっぱり、日本食が一番おいしい!
こんなとことろでも、自分はやっぱり
「日本人」だったんだと実感します。
他の国に住んでいると日本にいるときよりも
日本を意識し、感じている自分がいることに
気づきます。
2010年9月6日月曜日
カナとカザ
ナマステ ウッジョールです。
ネパールは、「食事」のことを「カナ」と言います。
「カナ」は「ダルバート」というネパールの定食で
しっかり食べるご飯のことです。
これを朝(9時、10時頃)と、夜(8時か9時頃)に食べます。
夜、食べた後、すぐに寝ます。
この感覚が、私にはよくわかりません。
私が、6、7時頃に食べると言ったら、ネパール人は
みんな、びっくりします。
食べた後、すぐ寝ると太るよと言っていますが
(ネパール人は男性も女性もお腹が出でます。)
それが習慣になっているから、仕方ないですよね。
これだけ見ると、少ないと思いますが、
実は「カナ」以外に「カザ」というものがあります。
定食以外の食事なら何でも「カザ」です。
クッキー、パン、モモ、麺、ナン、モモ(餃子)など。
これらをだいたい2,3時頃に食べます。
日本人からすれば、ヌードルも食事のひとつとして
考えるので、夜ご飯がラーメンでもO.K.ですよね。
これまた、私が夜ご飯にラーメンを食べたと言ったら
そんなものは、「カナ」じゃないとびっくりされました。
さらにネパール人は甘い紅茶が大好きです。
「チヤ」と言います。
朝、起きてすぐや「カザ」の時にも飲みます。
これが、ほんとに甘い!
砂糖がどれだけ入っているのか??と思うくらい甘い!
甘いものは、好きだけど、この甘さには慣れません。
食事ひとつでこんなにも違うのですね。
でも、食事は世界共通。
方法は違っても、ネパール人がどんなものを食べ、
日本人がどんなものを食べているのかなど
共通の話題になります。
今の私の言語レベルで唯一、会話を弾ませることが
できる話題です。
「食事」はどこの国でも楽しく幸せになる行為ですね。
2010年8月30日月曜日
蛍
ナマステ ウッジョールです。
私の住んでいる家の近くには大きな川が流れています。
そして、山だらけです。自然がいっぱいです。
家も少ないです。
だから、夜になると辺りは真っ暗。
時々、懐中電灯を持って、家の外に。
少し行くと、広場があります。
そこに着くと、懐中電灯を消します。
晴れている日は、空は満点の星。
地上は、たくさんの蛍。
川の流れる水の音。
いろんな虫の声。
そこにぽつんといる私はなんてちっぽけなんでしょう。
この時間が、一番癒されます。
自然からたくさんのパワーをもらっています。
そして、それを見ながら、
日本にいるみんなのことを考えてます。
そうすると、またまた、勇気と元気をもらいます。
雨期が終わると、もっと空はきれいになるでしょう。
どんな夜空が見られるか、今から本当に楽しみです。
その時期は、もう蛍はいませんね。
2010年8月28日土曜日
大きな1年生
ナマステ ウッジョールです。
ネパールの学校は、何歳から小学校に行くでしょうか?
正解はありません。
はっきり決まった年齢がないので
同じ1年生でも5歳もいれば、12歳もいます。
入学する年齢がばらばらだけでなく
ネパールでは、テストの点が悪ければ、留年します。
また、同じ学年で学ばなければなりません。
そのシステムがよいか悪いかはわかりませんが
学校に行けない子もたくさんいる上に
勉強についていけなくて、ドロップアウトしてしまう子も
たくさんいます。
ネパールでは、学校も行かずに(行けずに)
働いている子どもがたくさんいます。
特に女の子は、家の仕事を手伝うために
学校に行かなくてもよいと考えている親も
田舎にはたくさんいるようです。
私の行っている学校は女の子もたくさんいていて
しっかり勉強をがんばっていますよ。
学校に行って勉強できることは、本当に幸せなことなのですね。
2010年8月21日土曜日
仕事が始まった!
ナマステ ウッジョールです。
学校の夏休みが終って1週間前から仕事がはじまりました。
ネパールの公立校は10時から始まり、4時に終ります。
初登校、ドキドキしながら学校に行きました。
どんな先生、子ども達がいるのか・・・。
しかし、たいした歓迎ムードもなく
あなたは、いったい何しに来たの?といった感じ・・・。
ネパールの子ども達はとても恥かしがり屋。
ナマステ!と元気に声をかけても、すごくはずかしがって
すぐには返事が返ってきません。
何度も何度も言うととても小さな声で
「ナマステ!」と答えてくれる子が多いです。
そりゃそうですよね!
見たこともない外国人が自分に声をかけてきたら
驚くし、なんて言っていいか、わからないですよね。
私もまだまだ、言葉がわからないので、
今はとにかく挨拶からと思い、会った子ども達には
元気よく、挨拶しています。
だんだん、元気に挨拶してくれる子が増えてきて
嬉しいです。
どこの国でも、挨拶は共通だと思いました。
笑顔で挨拶すると、笑顔で返ってくるので
心が、明るくなりますよね。
ナマステの後に「おはようございます!」も
言うようにしました。
そしたら、おはようございます!と言ってくれる子も
いて、もっと嬉しくなりました。
今、私のできることはこれくらいなので
挨拶から、コミニュケーションを広げていこうと
思います。そのうち、言葉もだんだん通じるように
なって行くでしょう!!とかなり楽観的に考えていますが・・・(笑)
今の私には、日本でやっていたように普通に
仕事はできません。(悲)
なので、今の私にできることを一生懸命しようと思っています。
ぼちぼち、がんばるわ!!
2010年8月11日水曜日
ポスティング
ナマステ ウッジョールです。
デレイ ディン パチ(久しぶりです)
私は、7月30日にポスティングでした。
やっと任地に着くことができました。
と、ホッとしたのもつかの間。
問題発生!!
住む家がすぐに見つかりませんでした。
どうすんのよー!
知り合いも友達もいないこの地で・・・。
ぽつんと一人、置いてけぼりにされた私は
この日は、本当に日本に帰りたいと思いました。
まさに、言葉通り「ポスティング(落とされた)」でした。
しばらくは、ゲストハウス(こんな田舎にもあるんだ!)に
滞在しながら、家探しをしました。
我々、日本人が住めそうな家は、やはり田舎にはありません。
家探しをしながら、生活の仕方の違いを実感しました。
水、電気、トイレ、シャワー、衛生面、虫、食事、安全など
いろいろな問題をクリアしないと、住めません。
何とか、見つかった家はその村では一番、
便利だといわれている家でした。
でも、私からするともちろん便利ではありません。
不便だらけです。
水道は、外なので、水仕事は全部外に行ってしなければなりません。
部屋の窓は、きちんと閉まりません。
部屋は虫だらけです。
しかし、トイレとシャワーが部屋にあることが一番よかったことです。
そんなこんなで、私の本当のネパール生活が始まりました。
日々、いろんなことで格闘していますが、
日本では考えなかったことを考えるようになりました。
そして、とても、小さなことに喜びを感じています。
例えば、ご飯がうまく炊けたとか、電気がついて本が読めるとかです。
ありがたいですね!!
任地では、ネットができないので
ブログをなかなか更新できません。
楽しみに読んでくださっている方々、すみません。
何とか方法を見つけて、できるだけ更新したいと思っています。
いつも、読んでくださってありがとうございます。
フェリ ベトン(また、会いましょう)
2010年7月29日木曜日
誕生日
ナマステ ウッジョールです。
今日は、私の誕生日です。
昨日、同期の仲間たちが、お祝いしてくれました。
突然のことだったので、本当にびっくりしました。
みんな、わたしに内緒で色々なサプライズをしてくれました。
1つ目、私は沖縄が好きです。
だから、沖縄料理を作ってくれました。
2つ目、みんなから歌のプレゼントがありました。
それも、沖縄の歌です。「童神」という歌です。
同期の仲間に三線を練習している人が2人いて
練習しているときに、「私、童神すきなんよー!」と
言っていました。
それを覚えていてくれて、まずは2人でこっそり練習し、
その後、みんなで歌の練習までしてくれていたようで
もう、ほんまに感激しました。
3つ目、誕生日ケーキを用意してもらいました。
ドミトリーの近くにおいしいパン屋があるのですが
そこのケーキだったので、本当においしかったです。
そこのご主人は日本のフジパンで修行していたらしく
パンも日本人好みの味で、アンパンなどもあります。
だから、ケーキも間違いなくおいしいのです。
こんなにしてもらって、私は何て、仲間に恵まれているんだろ!
こんな仲間と一緒にネパールに来れて、私は本当に幸せ者だと思います。
またまた、みんなから勇気と元気をもらいました。
明日から任地に向かう私にとって
このサプライズのお祝いは、大きな心の支えとなりました。
私は一人じゃない、みんながいると実感しました。
もちろん、日本で応援してくださっている色々な方のことも
思い出し、多くの人の支えで私はここにいることを
再度、感じることができる日となりました。
任地に行って、がんばって仕事します!!
みんな、ありがと!!(ダンネバード)
2010年7月26日月曜日
韓国料理
ナマステ ウッジョールです。
この間の虫刺されは薬のおかげか、かゆみも赤みもなくなり
よくなってきました。
そして、蚊ではなくダニが原因でした。
カトマンドウはネパールの唯一の都市です。
ここは、何でも手に入れることができるし
色々な国の料理を食べることもできます。
昨日は、韓国料理を食べに行きました。
韓国好きな私にとって久しぶりに食べた
キムチやチヂミはおいしかったです。
ネパールの人たちは豚肉をあまり食べないので
ダルバートと言われる普段の食事の中には
ほとんど、使われません。
だから、豚肉も昨日、久しぶりに食べました。
日本では、便利な食材としてよく使いますが。
なので、カトマンドウでは無性に何か食べたくなったら
食べることができるので、すごいところだと思います。
もちろん、寿司やそばなどの日本食もたべることができます。
もうすぐ、田舎に行く私にとって
カトマンドウは憧れ、癒しの都市になることでしょう。
田舎は、何もないけど自然がいっぱいなので
それはそれで、心や身体を癒してもらえると思います。
ネパールの田舎に住むことでほんとうのネパールが
わかると思うので、田舎にいける私はラッキーだなと思います。
もうすぐ、行きますが、ネパールに来たときよりも
どきどきしています。
田舎に行ってからが、本当のネパールの暮らしが
始まります。そこで約2年、住む場所がどんなところなのか・・・・。
本当にどきどきです。
この間の虫刺されは薬のおかげか、かゆみも赤みもなくなり
よくなってきました。
そして、蚊ではなくダニが原因でした。
カトマンドウはネパールの唯一の都市です。
ここは、何でも手に入れることができるし
色々な国の料理を食べることもできます。
昨日は、韓国料理を食べに行きました。
韓国好きな私にとって久しぶりに食べた
キムチやチヂミはおいしかったです。
ネパールの人たちは豚肉をあまり食べないので
ダルバートと言われる普段の食事の中には
ほとんど、使われません。
だから、豚肉も昨日、久しぶりに食べました。
日本では、便利な食材としてよく使いますが。
なので、カトマンドウでは無性に何か食べたくなったら
食べることができるので、すごいところだと思います。
もちろん、寿司やそばなどの日本食もたべることができます。
もうすぐ、田舎に行く私にとって
カトマンドウは憧れ、癒しの都市になることでしょう。
田舎は、何もないけど自然がいっぱいなので
それはそれで、心や身体を癒してもらえると思います。
ネパールの田舎に住むことでほんとうのネパールが
わかると思うので、田舎にいける私はラッキーだなと思います。
もうすぐ、行きますが、ネパールに来たときよりも
どきどきしています。
田舎に行ってからが、本当のネパールの暮らしが
始まります。そこで約2年、住む場所がどんなところなのか・・・・。
本当にどきどきです。
2010年7月19日月曜日
虫にやられた!
ナマステ ウッジョールです。
ついにやられました。虫に!!
3日ほど前から、私の身体は(特に腕と足)虫刺され跡の発疹だらけです。
何が原因かわかりませんが、とにかくかゆいです。
虫除けや蚊取り線香もつけているのに、なぜ??
あまりにひどいので、今日、病院にいきました。
先生によると、蚊(ラモクッテ)が原因だというのですが・・・。
こんなに、一度のたくさん刺される事ってあるの?
他にも原因がありそうだけど・・・。
何せ、まだネパール語がよくわからないので
色々聞けなくて、困りました。
とりあえず、しばらく様子を見ようと思います。
ネパールでは、衛生面がよくない(町はごみだらけです)ので、
蚊や蟻、ダニ、ゴキブリ、ねずみが
家にいるのが、当たり前で(日本でも同じかな?)
お菓子なんかをテーブルの上に置きっぱなしにしておくと
えらいことになります。
そして、今は雨期なので、特に気をつけなければなりません。
日本では、気をつけなくて当たり前のことが
ネパールでは、そうはいきません。
改めて、日本はすごい国だと実感しています。
こっちに来て、日本のよさが本当によくわかります。
今は、やっぱりおいしい刺身や寿司が食べたいかな!
早く、この発疹が治りますように・・・。
2010年7月14日水曜日
HOMESTAY
ナマステ ウッジョールです。
今日、ホームステイから帰ってきました。
金曜日からカトマンドウのチャビルという町で
ホームステイしました。
とても、いい家族で温かく受け入れてもらいました。
ご主人はJICAの研修で日本に来たことがあり、
本当に少しですが、日本語も知っていました。
しかし、もちろんすべて、ネパール語で話さなければなりません。
「うーん、なんて言えばいいんだ!!」
「どう言ったら伝わるの?」
「何て言ってるの?」
この困り感が、言語力を高めてくれるんだろうなと
本当に実感しました。
日本語が自由に話せる環境ではなかなか語学は上達しません。
自分のためにあえて、難しい状況をつくることが
今の私には必要かなと考えています。
ホームステイすることで、言語だけでなくいろいろなことが
わかりました。例えば、家族のあり方、食文化、宗教など
日本と違う文化の中で生活すると驚きがいっぱいです。
それも、おもしろいし、また、似ていることもわかると
それも、嬉しいです。
宗教はヒンドウー教ですが、仏教もヒンドウー教も
始まりが同じなので、似ているところがたくさんあります。
こんな感じで、お互いのよさを肌で実感することができました。
ネパールは家族の絆や力が強いです。
目上の人を尊敬し、自分の父母をとても大切にしています。
一人で住んでいる高齢者はほとんどいません。
今の日本に失われつつあるものが、ネパールにはちゃんとあります。
色々な経験を通して、これからの仕事に活かせていけるように
がんばりたいです。
2010年7月9日金曜日
CLC
ナマステ ウッジョールです。
昨日は、CLCという地域学習センターに行きました。
カトマンドウは狭いので、車で15分も行くと
田舎風景です。
田んぼや畑や山があって、日本の田舎と同じ風景に見えます。
バスや道は相変わらず、怖いです。
そこの学習センターは色々な活動をしています。
ネパールでは、田舎が暮らしにくく、みんな都市に
行きます。しかし、都市に行っても仕事はなく
スラム化が進んでいます。
そんな現状が少しでも改善しようと、
田舎であっても、きちんと教育を受け、仕事ができるように
と、地域住民の力でセンターを作り、運営しているようです。
特に、女性とドロップアウトした若者に色々なことを教えています。
夜間中学や識字学級のような感じです。
このセンターはネパールの中で一番、成功したところだそうで、
今は、ここから大学に行く人やきのこ栽培など新しい仕事に取り組む人も
増えているようです。
このようなセンターをネパール全国に広めようと運動しているそうです。
その後、近くの学校にも行きました。
子どもたちは、とてもかわいかったです。
公立の学校でしたが、私が考えていたより、設備は整っていて、
きれいな学校でした。
といっても、子どもたちの机やいすのサイズは合ってなく
みんな、立ってノートを書いていました。
この学校は、公立の田舎の学校の中ではとてもよいほうだそうです。
ネパールの現状を少し垣間見れて、よかったと思います。
私にどんなことができるのか、わかりませんが
早く、仕事がしたいと感じました。
2010年7月6日火曜日
珍しい野菜
ナマステ ウッジョールです。
今日は珍しい野菜を紹介します。
ドミトリーの近くには小さい店がたくさんあり、
野菜や果物などが売られています。
昨日、日本では見たことがないような野菜を発見しました。
果物のようだったので、利いてみたら野菜だと言われました。
どうやって、食べるのかを聞いて、一度食べてみようと思い
買ってみました。
見た目は毛のようなものがたくさんついていて
形はねずみのようにかわいいです。
切ってみると、ゴーヤのようで種もたくさんありました。
薄く切って、今回は塩、胡椒で味付けし、いためてみました。
出来上がりは、ゴーヤチャンプルのようでおいしそうですが・・・。
みんなで、おそるおそる食べてみました。
「うまい!!」ゴーヤの苦味をとった味で食感は
じゃがいものようでした。
店のおじさんが一生懸命教えてくれ、おいしかったので
満足です。
また、違う味付けをして、食べてみようと思います。
ネパールではいろんな野菜と果物が食べられます。
野菜好きの私としては、とてもうれしいです。
2010年7月1日木曜日
来たよ、ネパール
ナマステ ウッジョールです。
久しぶりに更新します。
ネパールに来て約10日が経ちました。
今は、カトマンドウのラリトプールというところで
みんなと一緒に寮に住んでいます。
寮生活は、楽しいです。
寮の中はネパールではありません。
なぜなら、日本語で話し、日本食を食べているからです。
食事は基本的に自炊です。
私たちは当番を決めて、作っています。
ネパールは野菜がたくさんあります。
なので、たくさん野菜を買ってきて、色々な料理を作っています。
米もあるので、うれしいです。
ネパールの料理はおいしいです。
しかし、毎日だとやっぱり飽きます。
今のところ、おなかの調子もよく、元気です。
ネパールは、やっぱり日本とは違います。
カトマンドウの交通ルールはあってないようなものです。
毎日、語学学校までバスで通っていますが
バスであっても、運転は荒いし、スピードは出すしで
ほんとに、びっくりです。
さらに、びっくりは、車がビュンビュン走っているのに
平気で横断する人ばかりです。
でも、そうしないといつまでたっても
横断できないので、ネパール人の横に引っ付いて渡っています。
こんなことに少しずつ慣れている自分が恐ろしいですが
郷にいれば郷に従えで、いろいろなことを楽しみながら
生活しています。
まだまだ、ネパールおもしろ事情、たくさんあるので
おいおい、書いていきます。2010年6月14日月曜日
訓練終了!
ナマステ ウッジョールです。
おわって見れば、あっという間でしたが、内容の濃ーい65日間でした。
毎日、本当にすることが多く、私は自分のことで精一杯でした。
でも、そうじゃない人がたくさんいて、人のために
楽しい、おもしろい、為になる行事、講座、イベントなど
自主的にやってくれました。
どれも、本当に楽しかったし、思い出に残りました。
どれも、私にとって感心することばかりで
そのつど、自分は何をやっているんだろうと
自己嫌悪に陥りました。
ここでの訓練は私にとって本当に貴重で素晴らしい
経験となりました。
この訓練で一番得たことは自分の弱さが
はっきりわかったことです。
最後まで、この弱さと格闘することが苦しかったです。
そして、まだ全く克服することはできていません。
訓練終ってからも、格闘しています。
ここでの経験を本当に活かさなければ・・・・。
いつまでも弱い自分ではいられない。
ネパールでは、もっと自分の嫌なことろが見えると思います。
そのときに、逃げずに前を向いて壁を乗り越えていきたいです。
2010年6月6日日曜日
文化祭
ナマステ うっじょーるです。
今日は、駒ヶ根訓練所で文化祭がありました。
バンド、ダンス、コーラス、班対抗の仮装大会など
訓練生が様々な出し物をして、
盛り上がりました。
ここにいるメンバーはみんなすごい!!
この一言に尽きます。さすが、協力隊に参加しようと思う人たちだなと
ほんとに実感!!
なんで、こんなにできるんだろう?
いつ、練習したんだろう?
どうしたら、こんなことが思いつくのだろう?
などなど、感心させられることばかりでした。
フィナーレでの歌はみんながひとつになって
「みんな仲間なんだ!」と意識がさらに
高まりました。
感動で涙が出そうでした。
みんなのパワーに元気をもらいました。
でも、私は、こんなに人を感動させたことがあるだろうか?
今日の文化祭で何もしなかった、できなかった、してこなかった自分が
本当に、情けなく腹立たしく自分の嫌さがより鮮明に見えました。
今、ここにいることを幸せに思います。
自分の弱さと向き合いながら
私も人に感動を与えられる人になりたい。
2010年5月30日日曜日
語学交流会
ナマステ うっじょーるです。
昨日は、私たちの日頃の成果を試す日でした。
日本に住んでおられるネパール人の方々と交流しました。
もちろん、ネパール語で!!
先生以外のネパール人と話すのは初めてだったので
通じるかどうか心配でした。
でも、通じたのですごーく、感激しました。
まだまだ、聞き取れない所や言えない所は
山ほどありますが、今まで、がんばって
勉強してきた甲斐があったなと実感しました。
来ていただいた5名のネパールの方々が
とても親切で温かい方ばかりでした。
私たちも話をじっくりと聞いてくださったり
また、言い方を教えてくださったりと。
ゲストのみなさんは、私たちがネパール語を
勉強し始めてからまだ、2ヶ月経っていないことに
本当にアチャンマラギョ!(おどろいた!)
自分たちもアチャンマラギョ!
本当に楽しい時間でした。
ゲストのみなさん、デレイ、デレイ ダンネバード!!
楽しい時間が終った後は、ホッとしたのか
すごーい疲労感がありました。
今日は、久しぶりに朝寝坊することができました。
駒ヶ根はいい天気なので、のんびり散歩にでも行ってきます。
2010年5月24日月曜日
雨
ナマステ、うっじょーるです。
昨日からこちらもすごい雨が降っています。
今日は、アルプスが全く見えません。
ちなみに、ネパール語で雨はパニと言います。 パニは雨だけでなく、水にも使います。 そして、冷たい水はチソパニで 温かい(熱い)水はタトパニと言います。 タトパニは温泉と言う意味もあります。
私たちネパール班は土曜日の昼から
そこはもちろん、作られたキャンプ場ではありません。
水はそばの川から汲み、蒔きはその辺から拾い、
トイレも自分たちで作りました。
自然のものを使って、作ったご飯はほんとうにおいしかったです。
時間はかかりましたが、みんなでわいわいいいながら
本当にいい時間を過ごしました。
もちろん、キャンプファイヤーもしましたよ。
みんなのおかげで、本当に楽しい時間になりました。
デレイ、デレイ ダンネバード!!
(ほんとにほんとにありがとう)2010年5月22日土曜日
駒ヶ根
ナマステ うっじょーるです。
読んでくださっているみなさま、ありがとうございます。
今、駒ヶ根で訓練中ですが、駒ヶ根はとてもいいところです。
まず、景色がとてもきれいです。
南、中央アルプスがよく見えます。
千畳敷には、まだ行っていませんが
池山、不動の滝、光前寺などに行きました。
どれも、景色が最高です。
次に、食べ物がおいしいです。
訓練所の食事もおいしいですが
駒ヶ根市内の店もおいしいところが多いです。
特に野菜がおいしいです。
駒ヶ根といえば、ソースカツどんですが、それもとてもおいしいです。
駒ヶ根に来る機会があったら、ぜひ、行ってみてください。
今日は昼から、ネパール派遣の人たちとキャンプに行きます。
楽しみです。2010年5月18日火曜日
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